魔法少女リリカルなのはstrikers 序:空に翔る橋 (1−9)
ここで第1章は終りです。
サイドエピソードはまだ書いてないので、ここで更新は少し停まります。
かなり停まるかもw
見てくれていた方がいましたら、本当にありがとうございました。
ユーノが帰ってから、なのはの元にいるのはあたしと桃子さんの二人だけになった。
隣に座っているその表情を見ることは無く、ただ真っ直ぐになのはのいる病室を見つめる。
「ヴィータちゃん」
「はっ、はい!!」
突然話しかけられた。びっくりして顔を向けると、そこにはいつも変わらぬ表情があった。
「驚かせちゃったかな?ごめんなさいね」
「いっ、いやっ、そんなことありません」
懸命に否定する。身振り手振りを使って、違うということを示す。
そんなあたしを見てか、桃子さんは微笑んだ。
体勢を立て直して、あたしは訊いた。
「えっ、ええと、それで何でしょうか」
「なのはのことで、ちょっとね」
「は、はあ……」
なのはのこと?一体何なのだろうか。
「あなたに質問したくて……ね。あの子が、なのはがこっちでどんな生活を送っているのかなって」
「え?」
「あの子はあの時から私たちの手を離れて、新しい道を自分の力で進んでいった。時々は聞かせてもらっているけど、やっぱり知らないことも結構あるのかなと思って。私たちがこういうことになったのは自業自得なのでしょう。でも、あの子は私たちの子だから、違うわね、私はなのはが大好きだから、ヴィータちゃん、教えてくれないかしら」
こっちでどう生活しているのか。どんな役目を負い、どんな戦いをし、どんな話をしてきたか。あたしが……話す……。
「でも、そんなに……、そんなに沢山知りません。あたしはなのはのことなんてそんなに知りません。フェイトやユーノよりずっと付き合いは浅いし……」
あたしがうだうだと述べている間も、ずっと桃子さんは見ていた。優しい表情で、あたしを。
そして、また言う。
「思いついたことから一つ一つ喋ってくれたらいいの。あなたがあの子に出会った時から、一つ一つ……ね?あなたが見て、思って、感じた高町なのはを話して欲しいの」
あたしの感じたなのは……。なのはを、高町なのはを!!
話そう。あたしのなのはを。
「わかりました。あいつがここでどんなことをしていたかを……ですね」
「ええ、お願いね」
目線をなのはに戻して、あたしは話し始める。あたしの感じたなのはのことを。一つずつ、一つずつ、積み重ねていく。
……。
……。
それから3日間、あたし達は語り合った。毎日、別々に入れ替わって夕食を摂ってから、桃子さんが休むまでの間、ずっと。
どんなことをして、どんなことが起きて、どんなことを感じたかを喋り合った。
4日目以降、なのはは個室に移された。容態も安定して、後は目覚めるのを待つだけとのことだった。
あたし達も個室に移って、なのはの様子を見守った。
……。
……。
なのはが個室に移ってから、3日が過ぎた。
病院は消灯時間を迎え、窓の外に映る病室の明かりはさっと暗くなる。そして、ここの明かりも消された。射し込むのはただ穏やかな月明かりだけ。
あたし達はずっとなのはの傍らに座っていた。そう、ずっと、ずっと。
消灯時間から少しして、いつものように桃子さんが立ち上がる。
「ヴィータちゃん。あなたも休んだ方がいいわ」
「大丈夫です。問題はありません」
「そう……。でも、私が起きてきた時もいて、朝になっても普段と変わらずこの子を見守っている。一体何時、休みを取っているのかと心配になるわ。もう少しゆっくり休んでもいいんじゃないかしら」
「慣れていますから。大丈夫です。だって……」
そこで口を噤んだ。声が漏れそうになる。出してしまおうか……。
「どうしたの?」
「いっ、いや、別に何とも無いです」
腕を交差させて、慌てて否定した。顔を下に向け、ギュッと唇を噛む。やっぱり言っちゃ駄目だ。こんなことは言ってはいけないんだ。口から付いてでそうになった言葉を。あたし達を表す言葉を。
……人間じゃないですから……。あなたとは違いますから……。
人間じゃない。一つは主、宿主との関係といった面もある。エネルギーの供給を受けているのだから、その面で障害が起こらない限り、半永久的に活動が可能なのだ。
もう一つの理由がある。それは、人として生きてこなかった。人の生活を送ってはいなかった。夜に寝て、朝に起きる、こういった生活を送ってこなかったということだ。ここ数年を除いては……。
一呼吸し、もう一度桃子さんの目を見て、話し始める。
「それに……」
「それに?」
「それに、個室へと移った時、お医者さんが言っていたじゃないですか。容態は安定したし、もうじき目覚めるはずだって。もし……、もし、こいつが……、なのはが目覚めたときに誰もいなかったら、誰も傍で迎えてくれなかったら、とても、とっても寂しいんじゃないのかなって思うんです。こんな暗い病室の中で、ベッドに横たわり、たった独りで目を覚ましたら……。だから、あたしは隣にいて、なのはを迎えてやらなきゃいけないんです。なのはが笑顔で目を覚ますことの出来るようにしなければいけないんです」
あたしはじっと桃子さんの目を見る。自分がここに残るという意思を伝えるために、じっと。
分かってくれたのだろうか。桃子さんは少し表情を崩して、
「私もそこに居ては駄目かしら」
少し逡巡する。だけど、決意を固めて答える。
「駄目です」
「……どうしてかしら?」
今一度、目に力を込めて理由を言う。
「桃子さんはこいつが起きた後、たくさんの仕事があります。あたしが果たすことのできない仕事がたくさんあります。だから、今はきちんと休んでください。そのときが来るまでの間、しっかり体力を蓄えてください」
伝わっただろうか。言葉足らずの私の思いが届いたのだろうか。
桃子さんはゆっくりと頷いた。
「分かったわ、お願いね、ヴィータちゃん」
「はい」
しっかりと頷く。隣にいてあげるというこの仕事を請け負ったのだ。
「但し、私が起きたら1回休んでもらうわね。これは命令、大事な女の子を預かっている身としての、ね」
笑顔で、最後にはウインクをして告げる。
「……はい」
「先に休ませてもらうわ。なるべく早く起きてくるから。お休みなさい、ヴィータちゃん」
「はい。お休みなさい、桃子さん」
病室のドアが閉じられる。残されるはあたしとなのはだけになった。
「んっと」
立ち上がり、ベッドへ近づく。なのはの眠るベッドにあるほんの少しの乱れを直す。
すっと振り返り、丸椅子に触れる。そして、静かに丸椅子をなのはの方へ寄せる。
なのはの方を向いて、椅子に座る。
ベッドの上、開かれた右手に自分の右手を置く。
「昨日は何処まで話したっけな……。お前達との模擬戦のあたりまでだったな。」
個室に移されてからやってきた一連の行為。毎夜、繰り返した行為。なのはの元で会話をする行為。
いや、会話じゃないか。これは独り言、独白なのだろう。なのはに聞こえているのかは分からない。恐らくは聞こえていない。返事は無い。あてども無い一方通行の声。
手を握る。置いた手の指を曲げる。優しく、柔らかに指を絡めて行く。
言葉を届けるために、思いを伝えるために。会話をするために。
再び話し始める。過ごした時間は無くならない。たくさんの出来事が、たくさんの思い出がその時間には存在する。だから、話すことが尽きることは無い。
……。
……。
……。
暫くして、病室に固定されている時計を見る。もうじき日が昇る。
不意に眠気が来る。襲ってくる眠気。ここ数年、人として過ごすうちに身についてしまった習慣だった。
意識が飛びそうになる。あたしを構成しているものが睡眠という行為を求めている。なのはが怪我してからずっとやっていなかった行為を要求している。
言葉が止まる。手が離れる。
目が虚ろになり、体から力が抜ける。
……。
……!!
その時だった。頬に暖かなものが触れている。左手をその触れているものに合わせる。目を開く。それは、それは!!
「もしかしたら……、起こしちゃったかな……。ごめんね……」
聞きなれた声がする。失いかけていた声がする。その声が、その言葉があたしに涙腺を刺激していく。戻ってきた、帰ってきた、また会えたんだ。また……。
「そんなこと……、そんなこと……ない……」
「そう……、ヴィータちゃんの手……、あったかいね……」
片側をぐるりと包帯で巻かれている顔で微笑みながら、なのはが言う。
「あ……、ああ……!!」
あたしの頬に沿わしたなのはの右手を合わせた左手で握る。そっと頬から離し、右手も加えて、ぎゅっと握る。話さないようにぎゅっと握る。
「痛いよ……、ヴィータちゃん……」
なのはが言う。その笑顔は乱れることは無い。あたしはその笑顔が少しぼやけて見えていた。
「ご、ごめん……」
両手の力を抜く。そっと包み込むように右手を支える。
「ありがとう……」
「そんな……」
あたしの目から涙が溢れ出していた。目の端から出る涙は頬を伝い、下へ、下へと堕ちていく。表情は崩れ、なのはの顔もまともに見ることは出来ない。
「大丈夫?ヴィータちゃん」
なのはが少し心配そうな顔をしたように見えた。こんな時にまで、こんな時でさえ、他の人間を気にかけるなんて……。
「馬鹿……。この大馬鹿……。そんなのだから……、そんなのだから……」
優しすぎる、優しすぎるんだ。こんなになるまで……、なのは、なのは!!
「ごめんね……、心配かけちゃったね……」
「違うよ……。謝ることなんて全然無いんだ。謝ることなんて」
「じゃあ……、ありがとう。わたしをずっと看ていてくれて……ありがとう、ヴィータちゃん」
なのははまた笑顔になって言う。
「それも……、それも違うんだ……」
否定する。あたしが看ていたのは、あたしが見ていたのは……。涙で上手く声が出せない。感情が言葉を紡がせてくれない。
「違わないよ……。声が……、声が聞こえたんだから」
「声?」
「眠っている間……なんだろうね、今は夢だって気づいたんだけど……。あの時の私には、そこの世界は、その場所は在るものだったの……。その場所は真っ暗だった。私は一人そこにいて、立って歩いて抜け出そうと思ったんだけど、どっちに進めばいいのか分からなくて、止まって動けなくなっていた……。その後、良く分からないけど、暖かい光で真っ白な世界になってね……」
「うん……」
「その場所はとても心地のいいところだったの。でも、それでも誰も来てくれなくて……、わたしはずっと一人ぼっちのまんまで……。だから、だんだん寂しくなってきて……。泣きそうに……、泣きそうになっていた……」
「そんな時に、声が聞こえたんだ……。誰かが喋っている声が、わいわいと楽しそうに話している声が……。だから、私は走っていった。声の聞こえる方へ、ずっと、ずっと、ずっと走っていった。そうしたら……」
「そうしたら……」
あたしがなのはの顔を頑張って見ていると、なのははフフッと笑って、
「みんなが……、みんなが居てくれた。お父さんやお母さん、お兄ちゃんやお姉ちゃん、フェイトちゃんやアリサちゃん、すずかちゃん。みんなが、みんなが待っていてくれた。そして、言ってくれたんだよ。ヴィータちゃんが」
「あたしが?」
「一緒に帰ろうって……ね、わたしに手を差し出して、迎えてくれたんだ。そして、ここに帰ってくることが出来たんだ……。だから、ありがとう」
声は……届いていた。思いは……伝えられていた。なのはの身体が、返事をあたしにくれていた。
「よかった……。本当に……よかった……」
握った手と手を額に当て、あたしは泣いていた。大粒の涙をたくさん、下に落としていた。
「ヴィータちゃん」
なのはから声がする。崩れた顔でなのはを見る。
「……なんか恥ずかしいね。でも……」
なのはは今日一番の笑顔になって、言った。
「ただいま……、そしておはよう、ヴィータちゃん」
あたしは、その言葉を受け止めて、泣いているのか笑っているのか分からない、ごちゃ混ぜの表情で返事をした。
「ああ……、おかえり……、そして……おはよう、なのは」
外は少し白んで、光がほんの少し窓へと映る。夜が明けたのだ。朝が戻ってきたのだ。
そして、静かに病室の扉が開かれた。
第1章 おわり