セブン-イレブンが見切り値引き販売を恐れる理由を考えてみる

 小売王者として確固たる地位を占めているセブンイレブン
 しかし今回、公取委からの排除措置命令を受け、その地位にひびが生じる可能性が出てきた。
 なぜセブンは見切り値引き販売を許さないのか。その理由について考えてみた。


1.セブンが見切り値引きを許せない理由
 セブンが見切り値引きを許せない理由は、本部―FCの搾取構造を維持しなければいけないといったものではない。
 それは、セブンのビジネスモデルを根底から揺るがしてしまうからだ。
 セブンがコンビニという小売形態を日本に導入してから、これまで培い、運用してきたビジネスモデル。このビジネスモデル自体を悪くすればひっくり返してしまう。
 そこに何よりの問題があるのである
 では一体、セブンイレブンはどのような経営手法をとっているのか。


2.セブンの経営
 セブンイレブンの経営の根幹にあるもの、それは「すべての店舗に同じ条件を与え、同じように取り扱い、同じ価格で運営してもらう」ということである。
 具体的には、価格、店舗、システム、情報などがある。これら等しい条件の下で、店主や店員、OFC(セブン本社とFCをつなぐ役割を果たす社員)らが一体となり、店舗の売り上げ、収益率を上昇させていくことになる。
 その際、価格競争ではなく、価値競争を行う。上記に4つ挙げたような要素以外の点からアプローチしていくことによって、顧客満足を高めていく事が主眼とされている。
 以上のように、「どんな点であっても特別扱いをしない。例外を許さない」ということこそ、セブンイレブンの経営にある確固たる軸である。


 例えば、セブンはコンビニ業界における他の会社、ローソンやミニストップ、と異なり、一つの形態でしか店を出さない。ローソンのナチュラルローソンミニストップのホームデリといったような違った種類の店舗を展開していない。
 それはまさしく、等しい条件を乱すからである。異なる形態の店舗を運営すると、その店舗に対して力を注いだり、資金を投入したりし、全国に展開しているセブンのFCと違った取り扱いをし、結果、内部不協和音を発する恐れがあるからである。


3.見切り値引きが行われることにより発生する恐れのある問題
 ここまでで、
・ セブンが自らのビジネスモデルを今回の問題が覆す恐れがあること
・ セブンの経営の根幹は例外を認めないこと
といったことを述べた。
 次に考えるのは見切り値引きにより発生する問題についてである。


(1)価格競争の発生
 見切り値引きということは、つまり、「値段を安くして売り払う」ということである。
 そして、その判断を任されているのは店主である。店主個人の考えにより、値引きしての販売を可能にすることであると考えられる。
 では、個人の考えで値引きを実行することは悪いことなのだろうか。
 それは違う。値引き販売は一店舗により多くの利益をもたらす可能性がある。むしろ高いのかもしれない。一店舗に限れば、値引き販売は悪くないのである。
 しかし、全体的に、セブンイレブンという会社の視点で考えれば、大きな不利益をもたらす可能性もある。
 その理由としては、「コンビニの商圏の狭さ」と「ドミナント政策」がある。この二つは密接に絡み合い、コンビニ業界の特異性を現している。


1.商圏と戦略
 「コンビニの商圏の狭さ」とは一つのコンビニが抱える顧客の範囲である。スーパーなどとはまったく異なり、その範囲はとてつもなく狭い。そして、その範囲の狭さを生かして、一つの地域に集中的に店舗を展開するのが「ドミナント政策」である。
 ある場所に住んでいたり、車で移動していたりすると、時折見かける光景がある。街道を挟んで、同じコンビニが存在しているのである。単純に考えれば、おかしい光景かもしれない。2つのコンビニが顧客を食い合って、両方とも損をしてしまうのではということである。
 しかし、単純に間違った戦略とはされていない。先ほど、街道を挟んでと書いたように、コンビニとコンビニの間には街道がある。ここから、街道によって商圏が分かれていると考えるのである。
 例えば、ある程度車が行きかう街道なら、信号がなければ反対側には渡れない。すると、歩行者は反対側のコンビニに立ち寄る機会は大きく減少する。これは、車の場合も同じである。わざわざ右に曲がって入るよりは左側にあるコンビニに入るものである。
 以上のようにコンビニの商圏はかなり細分化されており、そのための戦略としてドミナント政策がある。


2.価格競争による問題
 いよいよ、そこに価格競争が起きた場合を考えてみる。
 例えば、道を隔てて、AとBという2つのセブンイレブンがあるとする。
 Aは比較的早く見切り値引きを行い、Bはかなりギリギリの時期(廃棄がほぼ決まるぐらいの時刻)まで行わないとする。
 するとどうなるだろうか。
 単純に考えれば、Aのセブンへ向かうことのほうが多くなるはずである。安く買えるわけだから、消費者の行動原理を考えれば、Aの誘引力が高いと考えられる。
 ということは、Aは繁盛し、Bは閑散としてしまう。これに追いつくにはBもAと同じ戦略を採らざるを得ない。そうすれば、AとBは再び均衡するだろう。
 しかし、問題はまだ残っている。考えてもみてほしい。セブンイレブンドミナント政策を行っているのだ。そう、その地域にはAとBだけではない、CやDやEやFや……といった無数の店舗がその地域には存在しているのだ。当然彼らもAやBに追随するだろう。仕入れるものの品質は一緒なのだ。ならば、価格が安い店舗に消費者が傾いていくのも当然だからだ。
 結果、縮小均衡が発生する。誰もが最善を選んだのにもかかわらず、誰も儲けられないという困った現実が起こってしまうのである。
 勿論、この例えは大げさすぎるだろう。店主たちは廃棄コストを減らすために値下げするのだから、廃棄する寸前の時刻までは定価で売っている。問題はないはずである。
 だが、いったん価格が下げられる権限が店主に与えられたならば、発生してしまう余地は存分にある。発生してしまったら最後、行けるところまで行ってしまうのではないだろうか。


3.そして、次の問題へと進む
 見切り値引き販売を認め、価格競争が発生したならば、もしくは見切り値引き販売を認めた時点で、次の問題が発生する。
 それはセブンイレブンが取り入れ、発展させてきたPOSのシステムへも多大な影響を与えていくのである。


(2)POSシステムへの影響
 セブンイレブンを始めとし、コンビニやスーパーで使われているPOSシステム。このPOSシステムの信頼性を大きく歪めてしまう可能性を持つのが、今回の問題である。


1.セブンイレブンのPOSシステム
 何回も言ったように、セブンは例外をほとんど認めない。商品や価格は基本的に一律である(商品に関して、特に食品などは地域によって異なる場合もある)。他のコンビニ各社と比べても、セブンはこの例外を厳しく排除している。
 この例外の排除は、POSシステムによって集められたデータの信頼性、汎用性を高める。
 例えば、商品の販売価格がバラバラな商品売り上げ情報の信頼性と一律な商品売り上げ情報の信頼性を比較してみれば、後者のほうが単純化され、扱いやすいものであることが想像してもらえると思う。
 無論、POSのデータが顧客のすべてを表すわけではない。現場において、例えば品切れやそもそも置いていないということによって、顧客が次善の商品を選択している可能性もあるからだ。
 そこで、人の力が加わる。データを元に、店主や店員による思考が加えられるのである。商品一つひとつがどれだけ売れていたかという単品管理、外の環境や第三者の動きなどの観察などによって、精度の高い発注を可能にしている。
 以上のように、人とデータの融合がなされるからこそ、セブンはコンビニ業界において1平方メートル辺りの売上高における圧倒的な優位性を保持している。


2.値引きが与える影響
 ここで、値引きが与える影響について考えてみる。
 例えば、値引きされた商品Aが3つあるとする。値引きする前には5つ売れている。そして、値引きされた商品Aは売れ切れた。
 ここで問題が出される。
 それは、「次の発注をいくつにするか」という問題である。
 値下げをして売り切れたのは良いことである。しかし、次の発注はいくつにすればいいのだろうか。5つか、6つか、それとも8つか。
 そこで、POSの力を借りることにする。しかし、POSが示してくれるのは値引き前の価格で売れた5つと値引き後の価格で売れた3つといったような数字だけである。そこには売れた要因は何も書かれていないのだ。
 では、その間ずっと勤務している店員がいたとしよう。店員はお客様が商品を選ぶ光景を見ていた。そこから、お客様がどのようにしてこの商品を選んだのかを知ることが出来るはずだ。
 値引き前の5つはある程度推測が出来る。
・ お客様が迷わずAをつかんだのか
・ 一定の逡巡のあとでAをつかんだのか
といったように選択肢が限定される。そこから、Aが本当にお客様にとって一番欲しいものだったのかが推測できる。
 つまり、お客様の満足を提供できたがどうかが分かる(勿論、単純化しているので実際にはもっと複雑なのかもしれない)。
 一方で、値引きされたあとに売れた商品3つはどのように考えたら良いだろうか。
・ 安かったから売れたのか
・ 欲しいものがたまたま安かったのか
・ 欲しいものは別にあったけれどちょっとお金がなかったから安いほうを選んだのか
など、前者とは比較にならないほど多くの選択肢が考えられる。
 POSに頼ったとしても、POSが教えてくれるのは価格と商品名、時間といった程度である。
 結局、使い物にならないデータに基づき、経験に重きを置いた発注となってしまう。
 すると、売れ筋や死に筋の識別などは出来なくなり、縮小均衡に嵌り、最終的にはより苦しい状態に陥ってしまう可能性がある。
 以上のように、データは基本的に標準化されて、一定のもののほうが使い勝手が良く、信頼性が高いのである。いつも同じ価格で、同じ品質のものを提供していけば、データを処理していくことも容易くなり、結果的に収益拡大に繋がるといったことが考えられる。逆にさまざまな値段で提供すると、POSによる顧客データの信頼性が下がり、暗闇を手探りで前へと進んでいくことにもなりかねないのである。
 ここで、一つ突っ込んでみる。なぜスーパーは値下げをしても構わないのに、コンビニは値下げをすると問題があるのかという点である。


3.スーパーとコンビニの違い
 スーパーとコンビニの違いは単純である。それは「規模」である。
 多くの商品が並べることのできるスーパーは、たとえ死に筋が一定量生じたとしても、売れ筋商品の利益によって十分補うことが出来る。余った商品を値下げして損きりしたとしても、次にある程度調整する機会は存分に残っている。
 一方、コンビニの場合、商品の数が少ない。すると当然、1つの商品にかかる比重が大きくなる。比重が大きくなるということは、発注ミスが経営に大きく影響を与える可能性が高いということである。そんな中で、死に筋商品が多く並んでいたらどうなるだろうか。間違いなく赤字となり、潰れてしまうだろう。
 値下げ問題にあたって考えるとき、コンビニが小規模であることはかなり考慮に入れておくべき事項だと考える。


4.データを使うのは人、しかしデータも重要である
 POSのデータは顧客のニーズをある程度反映してくれる。ここで重要なのは「ある程度」ということである。絶対の信頼を寄せられるものではないのである。そもそも、完全に顧客のニーズを反映しているPOSデータが収集できるなら、人の存在など不要なのだから。
 この不完全なPOSデータを活用し、将来を考えるのが人である。しかし、人もまた不完全な存在で、すべてを客観的に把握することなど覚束ない。そこで、データを活用することが必要となる。
 その際のデータは、どのようなものが使いやすいのだろうか。それは一定で標準化された情報の方が使いやすいのだろう。そのためには、しっかりとデータを生み出す環境を整えておく必要があるのではないだろうか。


4.まとめ
 セブンイレブンのビジネスモデルの根幹にあるのは
 「例外を認めず、すべての店舗を同じ扱いにすること」
だということは最初に述べた。
 そして、今回の事例は2つの点からセブンのビジネスモデルを覆す恐れを秘めていることを記した。
 1つ目は、価格競争による共倒れ
 2つ目は、POSデータの信頼度が下がり、発注が上手くいかなくなること
である。これら2つは繋がっており、1つ目が崩れると同時に2つ目も崩壊する可能性を持っている。
 2つ目が崩壊したら最後、現在行っている経営手法を大転換しない限り、業績が悪化し、縮小均衡に陥っていくことも存分に考えられる。
 以上から、セブンイレブンはどのようにしたとしても、まず価格を維持し、現状のビジネスモデルを死守しようと意図するのではないかということが分かる。
 そのため、絶対に見切り値引き販売を容認することは出来ないということもわかっていただけるのではと考える。



5.今後
 いよいよ、最後、コンビニの今後を考えてみる。
 セブンは、今回の命令を受け、仕入原価の15%を負担すると発表した。その代わり、見切り値下げなどは行わないで欲しいということだった。
 仕入原価の15%がどのようにして決まったのかも、どれだけ妥当性のある数字なのかも分からない。もっと高くあるべきなのか、それとも低くて構わないのか。ただし、100%の本部負担はまったく妥当ではないことぐらいは分かる。FC側の怠慢を招き、一種のモラルハザードを発生させてしまうことは確実だからだ。しかし、15%とはまだ少なくないかなと個人的に思ってもみたりする。言ってしまえば、まったく分からないということである。
 それ以上に、今回特筆すべきは、セブンイレブンが譲歩したということだろう。十分であれ、不十分であれ、あのセブンイレブンが譲歩したのだから、今後、コンビニ業界は大きく揺らいでいくことは間違いがない。
 コンビニが日本にやってきてから数十年経ち、本部とFCの共存共栄のあり方がもう一度見直されるときがきた。これを機に、双方合意の上、より良い形コンビニ経営の確立がなされることを期待して見守っていきたい。


6.最後に
 ちょっと真面目なエントリなぞを書いてみました。最近読んだセブンイレブン関係の本で記憶していることと現状を比較し、いろいろこねくり回して書きました。だから、かなりの事実誤認が含まれている可能性があります。
 例えば、個人経営なんだから、もともと権限はFC側にあるんじゃないかなあとか、POSのデータは性別とか年齢とかも反映させてるよなあとか、そう色々。
 そんなこんなでありますので、下で本を紹介。
 これら3冊は所有しています。どれもそれなりに読める本。セブンイレブンについて詳しくなったり、ちょっと見方が変わったりするかもしれません。

セブン‐イレブン覇者の奥義

セブン‐イレブン覇者の奥義

鈴木敏文 商売の原点 (講談社+α文庫)

鈴木敏文 商売の原点 (講談社+α文庫)

鈴木敏文 商売の創造 (講談社+α文庫)

鈴木敏文 商売の創造 (講談社+α文庫)

 最後の1冊は本屋でたまたま見かけた本。セブンイレブンの暗部を突っ込んでいるみたいですが、週刊金曜日だからなあ……。それなりに読めます。しかし、時折というか、かなり混ざっている書き手の嫌味なコメントがなんかイカしてますw コンビニ経営、さらにそれに関わっている業者(製造、配送など)の過酷さがよく分かる本。これを読むと、もれなくコンビニを開く気が無くなるのではと思います。
セブンーイレブンの真実―鈴木敏文帝国の闇

セブンーイレブンの真実―鈴木敏文帝国の闇