魔法少女リリカルなのはstrikers 序:空に翔る橋 (1−3)

 「ヘリは……ヘリはまだなのか!!」
 厚い雲に覆われたそれに向かって声を張り上げる。だが、返答はない。
 病院に輸送するには、まず転送ポイントまで送らなければならない。ここまで続く道、その道はいつも何も問題なく飛んで帰れる道だった。この何でもない道が、今日は果てしなく遠い。
 仲間の一人からの思念通話がヴィータにつながる。
 「今転送ポイントにヘリが到着した。間も無くそちらへ向かうことになっている。高町の様態はどうだ?」
 「意識はあるがはっきりとは定まっていない。呼吸、脈拍もある。左頭部損傷、左上腕部骨折、左手首骨折と右わき腹部分の裂傷を確認した。」
 「分かった、伝えておこう」
 「頼む」
 ヴィータは待つ。なのはを抱きかかえて、ただその到着を待つ。ヴィータは抱きしめようとはしなかった。抱きしめることが出来なかった。体中に怪我をしていたからであった。そして、何よりも、折れてしまいそうだったからだ。少しでも力を入れたらその肉体は折れてしまいそうだったからだ。成長期の少女の肉体そのままをさらけ出すかのごとく、腕の中の肉体は脆く感じたからだ。
 「ごめんね……大丈夫……何時だって、どんな時だって……」となのはは繰り返す。体は全く動くことはなく、ただ口だけが動いている。目は再び閉じられていた。
 なのはは誰に向かって言葉を発しているのか。語りかけられた言葉は一方通行で、ただ一つの方向に流れていくのみだった。
 「なのは、もういいんだ。だから……」
 しかし、止める術は無かった。友達だと認めてくれた少女の優しい言葉を止める方法を知らなかった。思いの伝え方が分からなかった。

 「何か、何か出来ることはないのか」
 あたしにはもうこれ以上何もなのはにはしてやれないのか。
 ……
 ……
 いや、一つ教えてもらったことがある。以前なのはに教えてもらったことがあった。言葉と、もう一つの思いを伝える方法を。
 
 「ねえ、ヴィータちゃん」
 ある日曜日、近所の老人会でゲートボールをした帰り道でなのはが話しかけてきた。
 「言葉だけじゃ伝えられないことがあって、そういう時に気持ちを伝えたいと思ったら、どうすればいいと思う?」
 よく分からない質問だった。言葉で伝えられないときにどうするか、一体どうするんだ。あたしはいい考えが思い浮かばなかったので、お茶を濁すような返事をした。
 「さあ〜な〜。取り敢えず一発ぶん殴っとくか。後は……お前みたいに一撃ぶっ放つっていうのもあるな。言うこと聞かない人間にはまず実力行使ってことでな」
 「あはは、それもあるかもね。でも、それでも通じなかったらどうしたらいいと思う?」
 なのはは少し困ったように頬を緩ませ、苦笑いをして尋ねた。そっから先は別に何も思いつかなかったので、なのはへと質問返しをした。
 「で、どうするんだ」
 一度正面を向き、なのはは一呼吸おいた。そして、私のほうにもう一度顔を向け、なのはは答えた。
 「手をね、手を伸ばせばいいと思うの。わたしがその子の手をゆっくりと取って、そして優しく握ってあげるんだ。手と手がつながったら、私の気持ちもその子の気持ちもお互い通じ合うんじゃないかなって思うんだ」
 ……それが何かになるっていうのだろうか。単に手をつなぐという行為にそんな特段の意味なんてあるのか。
 「ふ〜ん、まああたしには関係のないことだな」
 あたしは気のない言葉を返した。
 「それでね、この前猫さんに試してみたの」
 「それはどうだったんだ?」
 「それがね……手を思いっきり引っかかれちゃった」
 「……駄目だったのかよ」
 「猫さんでは失敗しちゃったけど、ヴィータちゃん、ほら」
 なのはは少しだけ上体を傾けて、そっとあたしの右手を握った。柔らかな手があたしを包み込んだ。夕暮れの空の下、なのはの暖かな鼓動が、そして優しい気持ちが伝わってきたような気がした。
 「どう……かな?」
 「ああ、少し分かった」
 あたしも握り返す。あたしよりもほんのちょっと大きいなのはの手を。
 「じゃあ帰るか。はやての手伝いもしねえといけねえしな。あとシャマルの微妙な料理は勘弁だしな」
 「うん!一緒に帰ろ!」
 
 日常のさりげない会話、あの時は聞かなかったけれど、なのはにあたしの気持ちは感じられたのだろうか。
 それは分からなかった。けれど、今はすがるしかなかった。

 ヴィータはなのはの右手を握った。同時に、なのはの痛みが伝わってきた。悲鳴が伝わってきた。では、こちらの思いは伝わったのだろうか、届かなかった言葉は無事に手渡すことが出来たのだろうか。
 ヴィータはなのはの右手を握る。しっかりと、しっかりと、思いを溶かして伝えるために、なのはの思いを受け取るために、二人の思いを共有するために、彼女は包む。あの時自分より少し大きくなっていた右手を包む。
 その時、なのはの口が言葉を紡ぐのを止めた。少しだけ表情が和らいだように見えた。ヴィータはつないだ右手を放さぬよう、もう一度しっかりと握り締めた。

 雪が降っていた。さっきよりも優しく緩やかに結晶が舞い降りていた。周囲の火はいつの間にか小さくなっていた。
 遠くからプロペラの回る音が聞こえた。それはだんだんと大きく、だんだんと激しくなっていった。