魔法少女リリカルなのはstrikers 序:空に翔る橋 (1−2)

  
 空に日は見えず、ただ厚き雲に覆われている。
 空から舞い落ちるのは暖かな日差しではなく、白く冷たい雪。
 雪は廃墟を白く染め上げる。
 いや、粉が舞っている。赤い、とても赤い粉が。
 あれは火だ。脇で燃えている火の色だ。
 もう一つ雪を、地を赤く染めているものがある。地面に横たわっているものがある。あれは何だろうか。
 あれは少女だ。白い服を身にまとい、強さと優しさを心に宿し、手に握り締めた杖で桜色の光を放つ少女だ。
 その柔らかな体を覆うバリアジャケットは所々が破れ、胸に、肩に、髪を結い上げるリボンに、鮮紅色の模様が付いていた。
 彼女を守り、彼女と共に歩んできた杖、デバイスはどうなったのか。レイジングハート、不屈の心をその名に宿したデバイスはどうなったのか。それは少女の手から離れ、音も無く、ただ壊れた状態で雪に埋もれていく。

 一人の少女が駆けてきた。空を、空を駆けてきたのだ。赤い服を身にまとった少女だ。その頭にはいつもの帽子は見当たらない。彼女は全力で駆けてきたのだ。
 「……なのは!!」
 叫びながら、少女は地に降り立ち、膝を落とし、彼女のデバイスを置いて、少女を抱きかかえる。そう、なのはを、高町なのはを。
 赤い服の少女の名はヴィータ。「鉄槌の騎士」の異名を持ち、「鉄の伯爵」ことグラーフアイゼンを従える少女である。
 「なのはっ!!なのはっ!!大丈夫か!!」
 なのはは返事をしない。毎日喋りあった、笑いあった、ふざけあった。そんな日々の間に大きくなっていたその肉体は、活動を放棄したように動かない。
 ヴィータはなのはの胸元に耳を近づけた。動いていなければどうなるのだろうか。もう二度と話すことも笑うことも怒ることも叩くこともできなくなるのだろうか。それは恐ろしかった。闇に閉じこもっていた私達を救い出してくれた子を永遠に失ってしまうことが恐ろしかった。だから、だからヴィータは近づけてしまっていた。
 心臓の収縮する音が聞こえた。弱弱しくも縮み、広がり、体全体に血液を送り出していくそのリズムはまだなのはの中に残っていた。
 「よかった……。なのは……」
 ヴィータは本局航空隊の講習で学んだ緊急時の所作を思い出しながら、なのはに向かった。みんなを悲しませないためにも、今時分が出来る全てをやろうと思った。

 「どうして、何でこんなことに……」
 まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。考えたことも無かった。彼女がこんなことになるなんてありえないことだ、とどこか心の見えないところで決め付けていたのだろう。

 気道確保、顎をほんの少しだけ上げる。呼吸はどうだろうか。ゆっくりと小さく息のもれ出る音、息を吸い込む音が聞こえた。脈拍を確認する。心臓の鼓動を確認した際に予想したとおり、脈は少し少なくなっていた。
 負傷部位の確認をする。まずは頭部を見る。右後頭部に外傷が見られた。右わき腹に裂傷があった。バリアジャケットをバッサリと切り裂いていた。左腕がありえないほうに曲がっていた。左手首も同様であった。
 後は意識であった。静かに語りかける。
 「なのは、大丈夫か」
 なのはからは何の反射も返ってこない。ヴィータはそれでもなのはに呼びかけ続ける
 「なのは」
 何度目だろうか、一体幾度呼びかけたろうか。その時ピクリとなのはのまぶたが動いた。
 なのはは目を開けた。ゆっくりと、ゆっくりと。その視線の先は定まっていない。どこを見ているのかは分からない。
 「……ごめんね……」
 雪が降り積もる音、火が燃え盛る音にかき消されてしまいそうな声がなのはの口より漏れた。
 「大丈夫……大丈夫だよ……、何時だって、どんな時だって……」
 「分かった……、分かったから……」
 なのはの消え入りそうな声を聞いても、ヴィータはこれ以上何も出来ない。何も……出来ない。