バレンタイン哀歌(4)
「なのは!!」
ユーノが駆け寄る。そして言葉を続ける。
「大丈夫?なのは。ごめん……」
「ううん、いいよ。ユーノくんこそ大丈夫?」
「僕は平気。本当に大丈夫?なのは」
なのはは袋を抱えなおして、ユーノのほうを向き、喋る。
「平気、平気。……あれ?ユーノくん、涙が出てるよ。痛かった?」
「ううん、これは……違うんだ……」
「今拭いてあげるから、ちょっと待っててね」
「えっ」
ユーノが驚きで硬直している間に、なのははさっと右手に袋を持ち替え、左手でハンカチを取り出し、顔をユーノに近づけた。
「ふぇ」
顔が真っ赤になって、声が言葉として出ない。ユーノは全く動けなかった。
「うん、これでよし。ユーノくん、もういいよ」
なのはが離れて、ようやくユーノは体の自由を回復した。でも顔は真っ赤なままである。
「えっと……、ありがとう……」
恥ずかしいやら、気まずいやらの気持ちで顔を赤くしたまま、ユーノは礼を言った。
一方、その時部屋にいた四人は小さい声で話し合っていた。ぶつかった音が聞こえたので急いで扉の元に行こうとしたが、その後の雰囲気からどうも行かない方がいいのではということになっていた。
「そうそう、渡すものがあってね。それでずっと探していたんだ」
なのはは話を切り替えた。言いながら、手にした袋から一つのきれいにラッピングされた包みを取り出した。
「えーと、ちょっと遅くなっちゃったけど……、はい、ユーノくん」
「これは……」
「もちろんチョコレートだよ。バレンタインは過ぎちゃったけど……」
毎年貰っていたものよりもかなり豪華に見えるチョコレートの包み、すこし恥ずかしそうななのはの表情……、これは……、これは……ひょっとしたら、ひょっとするんじゃないか!!
「ぼ…僕にくれるの……」
心臓がバクバクと血液を送り出している音を聞きながら、なのはの答えを待つ。
まだ?答えはまだ?うう、飛び越せるなら……、飛び越せるなら一足飛びにでも飛び越したい、この一瞬。
なのはが小さく頷く。OKか、そうかOKなのか!!
遂に、遂にこの時がやってきたのだ。血が、血液が全身を駆け巡っているのが分かる。神経が、神経がビンビンに反応しているのが分かる。体中から、そう体中から力が湧いてくるのが分かる。
心の奥底に眠っていた笑顔が登ってくる。駄目だ、もう我慢できない。顔に思いっきりの笑顔が浮かぶ。気味悪がられていないだろうか。ちょっと心配なぐらいだ。
部屋の中には四人の男が座ってその様子を見ていた。
「……まあ、めでたしめでたしですかね?」
エリオがホッとしながら言う。
「さっき泣いたカラスがもう笑った、っていうのを地で行っているな。まあよかったよ」
クロノが扉の向こうの様子に苦笑いを浮かべながら言う。
「うん!!」
カレルが笑顔で言う。
「少し気味が悪いな。程度で言うとクロノ、さっきのお前を軽く超越するぐらいに」
ザフィーラが頭をかきながら言う。
「いい加減に既婚者一人じゃ寂しいと思っていたところだし、新しい仲間が出来てよかったよ。じゃあ祝福でもしに行くか」
それぞれが頷き立ち上がる。なるべく音を出さずに立ち上がったつもりだったのだが……。やはりエースオブエース、聞き逃すはずがなかった。
何か音がしたと思って、なのはが少し体を前に出す。
同時に耐え切れなくなったユーノがなのはに抱きつこうとする。
「あれっ、みんなそんなところにいたの?」
「えっ」
少し体を横にずらすなのは、空振りに終わるユーノ。
ちょっとしたすれ違い。だけどそれはとっても大きなすれ違い。とっても大きな勘違い。とっても大きな見込み違い。
「いるなら言ってくれればいいのに。みんなにも。遅くなってごめんね」
「??」
なのはが立ち上がって、部屋へ入っていった。
そして、袋から取り出したものを見て、一同納得してしまった。……ただ一人を除いては……。
取り出されたのは……、なのはの手が掴んでいるものは……、同じもの。柄や色に差異は見られるが、それを除いては全く同じものであった。
「今回、お仕事と、あとわたし自身が忘れていたこともあるから、お詫びにちょっと豪華にしてみたんだけど……。みんな……、どうかしたの?」
クロノが顔を押さえていた。ザフィーラが顔を押さえていた。エリオも顔を押さえていた。カレルもみんなを見習って、顔を押さえていた。
「ああ、いや、そうならそうで仕方が無いんだけど……。もう少しね……。まあ別になんでもないんだけどな……。ありがとう、なのは」
「はいっ、クロノくん」
受け取りながら、なのはの後ろにいる男をチラッと見る。
やっぱりそうだよなあ……。僕でも多分ああなるだろうなあ……。とクロノは思った。
「哀れだな……」
「ああ、哀れだ……」
「さすがに……、可哀相ですね……」
「かわいそー」
手を付き、足を付き、膝を付いた姿勢、所謂四つんばいの姿勢であった。顔をこちらに向け、その中に浮かんでいる表情はなんとも言いようが無く、虚ろな目でこちらを見ているのか見ていないのか……。
そこには……、夢破れた男が一人……佇んでいた……。
おしまい。